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大津地方裁判所 昭和48年(ワ)114号 判決

原告 木下健太郎 ほか二名

被告 国

訴訟代理人 宝金敏明 河瀬敏雄 高須要子 山下博 佐藤辰雄 山下勝生 ほか三名

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  原告木下健太郎の予備的請求のうち四六九四万三三六円とその附帯の金員にかかる部分の訴えを却下し、その余の部分の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 被告は、原告木下健太郎に対し四六九四万三三六円、同鈴木起次に対し五九一万五〇〇〇円、同松本照文に対し三二九〇万一〇〇〇円及びこれらに対する昭和四八年八月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  予備的請求

(一) 被告は、原告木下健太郎に対し八五七五万六三三六円及びこれに対する昭和四八年八月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主位的請求の趣旨に対し

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三) 仮執行の宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

2  予備的請求の趣旨に対し

(一) 原告木下健太郎の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、同原告の負担とする。

(三)仮執行の宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  主位的請求の原因

1  原告木下健太郎は、大阪通商産業局長(以下「局長」という)より、昭和四五年五月一日付執行四四大通出試第八一五号により福井県遠敷郡上中町地内等における石灰石、ドロマイトにつき試掘権の設定許可を受け、右試掘権につき同月二七日福井県試掘権登録第三三八二号表示第一番により登録を受け、更に同四七年一月一八日付四七大通試延第三号により同局長からその存続期間延長の許可を受け、これにつき同月一七日福井県試掘権登録第三三八二号表示第三番により登録を受けた。

2  原告木下が、前記試掘権の設定許可を受けた直後、局長は、同原告に対し昭和四五年五月二七日付四五大通鉱登第三一五号「操業注意事項について」と題する書面(以下「本件注意事項書」という)を交付(以下「本件注意書交付行為」という)した。同書面は、別紙(一)のとおり、「鉱業権者は、操業に際し、次の事項を守らなければなりません」との記載に続き、一八項目にわたる注意事項が印刷されている用紙を用い、第七項の「林道の新設計画に支障を及ぼさないよう操業すること」に丸印が付されているだけで、第一一項の「開墾制限地、開墾禁止地、保安林に於て操業の際は森林法によつて所轄知事の許可を受けること」の項目を含むその他の項目には斜線が引かれていたものであつた。

3  原告木下は、右試掘権に基づく採石を実施するにあたり、福井県遠敷郡上中町河内四九号寂仙坊一番三一、同四九、同五〇を施業地(以下「本件施業地」という)とし、昭和四七年五月一五日付で局長に対し、鉱業法六三条に基づく施業案の届出をして同日有効に受理され、更に同月二二日付で大阪鉱山保安監督部長に対し鉱山保安法八条に基づく施設設置認可申請書を提出し、これも鉱山労働者に対する危害防止上支障がなければ必ず認可されるべきものである。

4  原告木下は、右試掘権に基づく操業にあたり、原告鈴木起次、同松本照文の両名に対し、経営資金の供与を求め、原告ら三名で共同して鉱業経営に当ることとして操業を開始した。

5(一)  ところが原告木下は、

(1) 福井県若狭事務所長より昭和四七年五月一一日付「保安林内の土石採取工事中止について」と題する書面を、

(2) 福井県知事より同年六月一日付福井県指令林第一六一九号をもつて土石の採掘及び移動の行為の中止命令をそれぞれ受取つた。

(二)  原告木下は、本件注意事項書中の保安林についての注意事項の項目が斜線で抹消されていたうえ、自己自身本件施業地が保安林に指定されていることはそれまで全然知らなかつたので、調査したところ本件施業地が保安林の指定を受けていることを知つた。

(三)  そこで原告木下は、同県知事に対し保安林内土砂採掘許可申請をなしたが、同県農林部長より昭和四七年一二月二七日付書面で、原告木下の本件施業地における保安林内土砂採掘が実質的に許可できない旨の通知を受けた。

6  以上の経緯により、原告らの採石業は、操業不可能に陥つたが、その結果原告らの受けた損害は、別紙(二)記載の通りである。

7  右損害は、局長が本件注意書交付行為をなすに当り、福井県上中町の各担当部局と十分事前協議をなし、本件施業地が保安林の指定を受けているか否かを調査すべきであつたのにこれを怠り、本件施業地に保安林の指定がなされていることを看過して本件注意事項書中の保安林に関する項目を斜線で抹消して交付したことによるものである。

本件注意書交付行為は、国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについてなしたものであるから、国家賠償法一条一項により、被告国は、局長の右違法な職務執行により原告らが被つた前記損害を賠償する責任がある。

8  原告鈴木、同松本は、韓国人であるが、大韓民国にも外国人が被害者である場合には相互の保証があるときに限り適用される旨の規定を有する国家賠償法がある。

9  そこで、被告に対し、原告木下は、四六九四万三三六円、同鈴木は、五九一万五〇〇〇円、同松本は、三二九〇万一〇〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年八月二五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  予備的請求の原因

1  仮に、主位的請求の原因のうち、本件採石事業が原告ら三名の共同経営と認められないとすれば、原告木下は、単独で鉱業経営に当ろうとして、別紙(二)記載のうち原告木下の支出経費のほか、原告鈴木の支出経費及び原告松本の支出経費とある各経費をそれぞれ原告鈴木、同松本から借入れてこれらを支出したものであるから、原告木下の総損害額は、八五七五万六三三六円となる。

2  よつて、原告木下は、被告に対し八五七五万六三三六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年八月二五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  主位的請求の原因に対する認否

1  主位的請求の原因1および2の各事実を認める。

2  同3の事実を否認する。

3  同4の事実は知らない。なお、原告鈴木、同松本の両名は、日本国民ではないから鉱業権の享有能力がない。

4  同5(一)の事実を認める。同5(二)の事実のうち、原告木下が本件施業地が保安林に指定されていることを知らなかつたとの点は、否認する。同5(三)の事実中、原告木下が同県農林部長から受取つた書面の内容を否認し、その余の事実を認める。

5  同6の事実のうち、原告木下の採石操業が続行不可能となつたことを認めるが、その余の点については争う。すなわち、原告鈴木、同松本は、試掘権者ではないから、仮に右原告両名が原告木下に対し試掘権実施のための資金援助を行なつた事実があつたとすれば、右原告両名が原告木下に対し債権を取得することとなり、仮にこの債権が原告木下に生じた損害により、その満足が得られなくなつたとしても、これをもつて原告らが主張する局長の行為によつて生じた損害ということはできない。

6  同7の主張の全てを争う。すなわち、

(一) 本件注意書交付行為は、原告木下に対し、その権利行使にあたつて注意すべき事項を示すためにした好意的なサービス的行為であり、他方、本件施業地における保安林指定の有無に関する判断は、同原告の任意の意思に委ねられるべきであり、現に委ねられていたから、局長の右行為は、「公権力の行使」に該当しない。

(二) 本件注意書交付行為は、局長の自由裁量に基づく好意による行為であつて、同人は、これにつき原告らが主張するような事前協議義務、保安林指定調査義務等何らの法的義務も負担していなかつたから、本件注意事項書の記載をもつて不親切であつたとのそしりを免れないとしても、そのことをもつて、本件交付行為が違法となるものではない。

(三) 原告木下は、父木下久吉と共に木材業等を営んでいたので、本件山林一帯に始終立入つており、上中町一帯の地理的実情、山林の状況に精通していたし、また本件施業地内の河内区林道沿いには林道通行者にとり容易に認識できる保安林の標識も設置されていたから、局長が該地が保安林であるとの注意を促すと否とに関係なく、原告木下は、本件施業地が保安林に指定されていることを充分承知していた。それにもかかわらず、原告らは、あえて試掘権実施の準備行為及び採掘行為をなしたのであるから、これによつて生じた損害と本件注意書交付行為との間には因果関係がない。

(四) 試掘権者は試掘権の実施に際しては局長に対し施業案を届出なければならず(鉱業法六三条)、また鉱業上使用する建設物その他の施設の設置については所轄鉱山保安監督部長の認可を受けなければならない(鉱山保安法八条)のであるが、原告木下が昭和四七年五月一五日付で局長に対し提出した施業案は試掘範囲が鉱区外にまで及んで盗掘のおそれのあるものであつたので、局長は、これを受理することなく同原告に返付した。また、同原告が同月二二日付で大阪鉱山保安部長に対し提出した施設設置認可申請書には、火災に対する対応策及び消火器の種類、数量、形式、構造、能力等についての記載がなく、又添付図面には火災防止設備、消火設備の配置図が欠けており、さらに工事着手日は認可後の日付とすべきところ右申請書の提出日と同一日付であつたので、同人は右申請書を同原告に返付した。すなわち、施業案の届出、施設設置の認可がなされていなかつたのであるが、同原告は、試掘行為及びその付属行為を行なつたもので、右行為は、違法であり、したがつて本件注意書交付行為がどのようなものであれ、原告らは、採石操業を続行することが不可能であつたのである。したがつて右操業続行不能により生じた損害と本件注意書交付行為との間には因果関係がない。

(五) 仮に施業案の届出が有効になされたとしても、原告木下は届出日である昭和四七年五月一五日以前から採掘行為をしていたものであつて右採掘行為は違法である。したがつて(四)におけるのと同様に原告ら主張の損害と本件注意書交付行為との間には因果関係はない。

7  同8の事実を認め、同9の主張を争う。

四  予備的請求の原因に対する認否

予備的請求の原因1の各事実のうち、原告木下がその単独事業のためその主張する経費を支出したことは知らず、その余の主位的請求の原因と共通する主張事実に対する認否は、右主位的請求の原因に対する認否と同じ。同2の主張について争う。

五  抗弁

仮に本件注意書交付行為によつて原告らが損害を被つたとしても、これは原告木下が施業案提出に際して本件施業地内に保安林が存在するか否か調査すれば容易に判明するにかかわらずこれを怠りあるいは本件施業地が保安林であることを知りながらことさらこれを無視し、さらに局長による施業案の受理の手続を経ることなく違法に試掘行為及びその付属行為を行なつたことに起因するところが大であるから、右損害の殆んど全部を原告らに負担させるべきである。

六  抗弁に対する認否

否認する。すなわち、本件施業地付近一帯は伐採されて保安林としての形状をなしていなかつたし、保安林の標識も存在しなかつたから、原告らが、本件注意事項書を受取つた結果、本件施業地が保安林でないと信じ試掘準備行為を行つたのに過失はないし、原告らの本件操業についての準備行為は局長による施業案の受理後になされたものであるからこの点についても原告らには過失がない。

第三証拠 〈省略〉

理由

第一原告らの主位的請求について

一  請求原因事実中、1、2および5(一)の各事実については当事者間に争いがない。

二  原告らは、その主張する試掘権に基づく操業続行が不可能になつたことにより別紙(二)記載の通りの損害を蒙つたとし、右損害が本件注意書交付行為によるものと主張して、国に対して国家賠償法に基く損害賠償を求めているので、以下要件ごとに順次検討する。

1  局長が国の公務員であることについては、当事者間に争いがない。

2  そこで、局長の本件注意書交付行為が「公権力の行使に当る」公務員が「その職務を行うについて」なされたものに当るかどうかをみるに、〈証拠省略〉によれば、大阪通商産業局では、かねてから同局長が鉱業法及び同法施行規則の定めるところにより、鉱業権設定の出願者のために、鉱業権を設定してその登録をなし右登録通知を右出願者に対してなす際、本件注意事項書と同様の様式の注意事項書を登録通知書に添付して、右出願者に交付していたこと及び右注意事頂書は、通商産業局長が鉱業法二四条による県知事との協議の際、県知事から表明された意見のうちから出願人に知らせておくのが望ましいと判断した事項に丸印をつけることによつて作成していたものであることが認められる。

しかして、通商産業局長のなす右鉱業権の設定、その登録と登録通知の行為が鉱業法及び鉱業登録令に定められた権限に基づく公権力の行使作用であることは、明らかであるのに対し、右注意事項書の作成、交付そのものは、これを規定した法令のない場で、単に通商産業局長が、鉱業権設定の出願人の便宜のためなしているサービス的業務の一面が存し、その一面だけを見る限りではこれを直ちに公権力の行使作用と見ることについては、疑問がないわけではない。

しかしながら前記認定のとおり、本件注意事項書は、登録通知書と共に送付され、このことにより、公権力の行使作用である鉱業権の設定、その登録と登録通知に当る通商産業局長において、設定登録された鉱業権が鉱業法の目的に従つて行使されるように、その出願人に理解と自発的な協力を求めてなした行政指導であると認められるから、右局長の職務に密接に関連した行為というべく、結局本件注意書交付行為は、公権力の行使に当る局長がその職務を行うについてなしたものということができる。

3  以下、違法性の要件の検討として、原告らが加害行為として主張する本件注意書交付行為の不法性についてみるに、

(一) 原告らは、まず、局長が本件注意事項書を作成し原告木下にこれを交付するに当り、現地地方公共団体の各担当部局と協議し、本件施業地につき保安林の指定の有無を調査すべきであつたのに、これをしなかつたため、本件施業地に保安林があることを看過したものである旨主張するが、通商産業局長に原告らのいうような保安林の指定の有無を調査すべき義務ないし右調査結果を鉱業権の出願人や取得者に通知すべき義務のあることを認むべき根拠はない。ただ鉱業法二四条には、通商産業局長がなすべき関係都道府県知事等との協議について規定されているけれども、右規定は、鉱業権の設定により、土地利用を中心とする公共の福祉の増進が阻害されることのないようにするために設けられたもので、必ずしも鉱業権設定の出願人の利益保護を趣旨とするものではないと考えられるところ、〈証拠省略〉によると、本件注意事項書を交付した昭和四七年当時、大阪通商産業局においては鉱業権を設定することによる公益上の支障の有無について意見を知らせるよう県知事に対し文書を送付し、県知事の方も文書で回答をする形で協議がなされ、同局長において、右回答中、出願人に一応知らせておくのが望ましいと思われる事項を、その裁量により、前判示の行政指導の趣旨で、出願人に通知していたこと及び、本件の場合もその例外でなく、右形式による協議がなされ、本件注意書交付行為のとられたことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、本件注意事項書交付にあたり、右通商産業局長が本件施業地内に保安林のあることを確認してそのことを原告らに通知することをしなかつたからといつて、同局長に落度があつたものとはいえず、したがつて、右の点についての原告らの主張は、採用できない。

(二) 次に本件注意事項書の記載方法について検討する

(1) 〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

(イ) 本件注意事項書の記載内容が請求原因2のとおりであつたことは、前判示のとおり当事者間に争いがないところ、右書面の上部に「木下健太郎殿」とし、その下に「大阪通商産業局長進淳」の記名があり、その後に「大阪通商産業局長印」と記した角印が押捺してあつて公文書の体裁をとつていること

(ロ) 本件注意事項書には、丸印をつけてある事項が関係都道府県知事との協議に際し当該知事から申出のあつた事項である趣旨を明示した記載もそれをうかがわせるに足りる記載もないこと

(ハ) 本件が問題になつた後大阪通商産業局では、丸印を付した項目以外の項目に斜線を引くことは誤解を招くとして、県知事から申出のあつた事項について丸印をつけるだけで斜線は引かず、公印も押捺しない扱いに改めたこと

以上の事実によれば、本件注意事項書は、その記載方法だけを形式的に見る限り、丸印をつけられた事項だけを守ればよい旨大阪通商産業局長が指示しているかのような誤解を与えかねないものとして、必ずしも適切な記載方法とはいい難いものと考えられる。

(2) しかしながら、〈証拠省略〉によれば、別紙(一)の様式による本件注意事項書に一八項にわたつて印刷されている遵守事項は、いずれも当該地区に該当する土地条件、施設、地域指定等がある以上は、法令等により当然守るべき事項であるところ、通商産業局長が右遵守義務を解除し得る権限を有せず、他方、通商産業局長が鉱業権の許可に際し、右土地条件、施設、地域指定等の有無を確認することを一般的に必要とする法律上はもとより、事実上の根拠もないことそして、原告木下の有する試掘権の鉱区は三万四四七七アールに及ぶ広大なものであるが、大阪通商産業局長がこのような鉱区内の土地につき本件注意事項書に記載されている保安林の指定を含む前記土地条件、施設、地域指定等の有無を完全に確認することは必ずしも容易でなく、現にその完全な確認の措置をとつていないこと、以上の各事実が認められるところ、これらの事情は、右鉱区の土地につき鉱業権の出願をしようとするほどの者にとつては、容易に理解できる範囲内に属するものと考えられる。

しかして、本件注意事項書の記載事項は、前判示のとおりであるところ、右書面の記載上はもとより、右書面外でも、大阪通商産業局長が原告木下に対し前記丸印を付した項目以外の事項は守らなくてよい旨ないし保安林指定を含む前記土地条件、施設、地域指定等が存在しない旨を表示したことのないことは、前掲各証拠によつて認められるのであるから、試掘権登録通知と共に送付された本件注意事項書の前判示の記載内容から、斜線の付された遵守事項について、大阪通商産業局長がその遵守義務を解除したものないし右義務の前提である前記土地条件、施設、地域指定等の存在につき消極的判断を表示したものと理解することは、右注意書の名宛人である右鉱区土地についての鉱業権の出願人としての通常の理解力を前提とする限り、合理性に欠けるものというべく、このことは、(イ)鉱業権の許可後、操業終了までの間に前記土地条件、施設、地域指定等に変更の生ずる可能性が常に存在するから、通商産業局長が鉱業権の登録通知の段階で出願人に対し操業段階の注意をなすに当り、前記義務の解除ないし地域指定等の不存在の判断の表示をすることは、事柄の性質上、不合理である、と出願人が容易に判断できるものと考えられること及び〈証拠省略〉によつて認められるとおり、本件注意事項書に印刷されていて斜線で抹消されている事項のうち、第二項(捨石、廃水は一定の場所にたい積し、散逸流下のおそれのないよう扞止工事をすること。)、第三項(坑水、廃水は清澄除害の上放流すること。)の各遵守事項は、鉱業権に基く通常の操業においては当然遵守すべき事項であり、現に原告木下も試掘権の段階ではともかく、事業として操業するには、右の各遵守事項が斜線で抹消されているにもかかわらずこの項目は守るべきものであると考えたことによつても、裏付けられるところである。

(3) 結局、本件注意事項書の記載事項の特定の項目に丸印が付され、その余の項目に斜線が施こされていた本件注意事項書の記載方法は、それだけを形式的にみるかぎり、前判示のように誤解を与える余地のあるものとして、必ずしも適切なものであるとはいえないとしても、これが本件のような具体的場面で、前判示の広範な地域の鉱業権の出願人に対して交付されたものであることを考慮に入れて評価すれば、右書面の記載は、その作成者である局長が、通商産業局長としての立場から、右文書の名宛人に対し、丸印を付した事項の遵守につき特に留意するよう注意を促した趣旨以上のものを意味するものでなく、またこのことを右文書の名宛人においても容易に理解できる底のものであつたということができるから、本件注意事項書の記載方法に瑕疵があつたものといい難いところである。

(三) そうすると、原告らがその主張する本件不法行為における加害行為である本件注意書交付行為に格別の瑕疵があるものということはできず、したがつてもとよりその不法性を認めることができないから、その余の点を判断するまでもなく、この点において、すでに、原告らが主張する本件不法行為における加害の違法性を肯認することができない。

(四) しかのみならず、前判示のとおりの本件注意事項書の性格と記載内容に徴し、局長が本件注意書交付行為により原告木下に対し本件施業地内の保安林の存否を積極的に表明したところはないのであるから、原告木下が本件施業地内に保安林が存在するかどうかの判断を形成するにあたり、本件注意事項書の記載が、同原告に対し、法的意味においても事実的意味においても、何らの拘束的作用を持たないものと考えられる。すなわち、同原告が本人尋問の結果で供述するように、本件注意事項書の前判示の記載内容から、本件施業地内に保安林が存在しないものであると判断したとしても、それは、全く同原告の責任に基づく自由な判断に外ならず、他の調査手段により右保安林の存否を確認し、その主張するような損害の発生を未然に防止できる同原告の本来の立場は、本件注意書交付行為により何ら損われていないものと考えられる。そうすると、本件注意書交付行為と原告ら主張の損害との間には、因果関係を肯定することができず、前判示の加害の違法性の判断をまつまでもなく、原告らの主張は、採用しがたいものともいうことができる。

三  そうすると、原告らの主位的請求は、その余につき判断するまでもなく失当である。

第二原告木下健太郎の予備的請求について

一  右予備的請求のうち、被告に対する四六九四万三三六円とその附帯の金員にかかる部分は、同原告の主位的請求と同一の請求であるから、右部分にかかる訴えを不適法として却下しなければならない。

二  その余の右予備的請求のうち、五九一万五〇〇〇円とその附帯の金員にかかる部分は、原告鈴木起次の、三二九〇万一〇〇〇円とその附帯の金員にかかる部分は、同松本照文の各被告に対する請求との間で主観的予備的併合の関係に立つものであるが、右予備的請求部分は、いずれも原告木下の同一被告に対する前記主位的請求とは請求の基礎を共通にするもので、右主位的請求との間では、その請求を拡張したのにすぎない実質のものであるから、これを右原告鈴木、同松本の各請求との間で、その排斥を待つて審理したからといつて、相手方である被告の防禦権を害したり、訴訟手続を不安定にするおそれはないから、右併合をもつて不適法ということはできず、そこで右予備的請求の当否の点をみるに、右請求は、主位的請求に対して判示したところと同一の理由により、失当であること明らかである。

第三よつて、原告らの主位的請求をいずれも棄却し、原告木下健太郎の予備的請求のうち、右二重起訴にかかる部分の訴えを却下するとともにその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(裁判官 井上清 笠井達也 富川照雄)

別紙(一)

操業注意事項について

鉱業権者は、操業に際し、次の事項を守らなければなりません。

1 昭和 年 月 日提出に係る設計書に基いて施業案を作成すること。

2 捨石、廃水は一定の場所にたい積し、散逸流下のおそれのないよう扞止工事をすること。

3 坑水、廃水は清澄除害の上放流するよう設備をすること。

4 飲料水及灌漑用水に支障をおよぼさないよう操業すること。

5 地表の陥没其の他危害のおそれがある箇所には予防の設備をすること。

6 水利の障害を招来しないように操業すること。

7 林道の新設計画に支障を及ぼさないよう操業すること。

8 自然公園(国立国定府県立)内に於て操業の際は自然公園法によつて予め主務大臣(所轄知事)の許可を受け、または届出をすること。

9 史蹟、名勝、天然記念物に関し、その現状を変更し、またはその保存に影響をおよぼす行為をしようとするときは、文化財保護法によつて予め文化財保護委員会の許可を受けること。

10 国有林地内、官行造林地内に於て操業の際は予め、所轄営林署の許可を受けること。

11 開墾制限地、開墾禁止地、保安林に於て操業の際は森林法によつて所轄知事の許可を受けること。

12 砂防指定地に於て操業の際は砂防法によつて所轄知事の許可を受けること。

13 河川使用の際は河川法によつて所轄知事の許可を受けること。

14 採草放牧場に於て操業の際は農地法によつて所轄知事の許可を受けること。

15 風致地区に於て操業の際は所轄知事(所轄市長)の許可を受けること。

16 海岸保全区域に於て操業の際は海岸法によつて所轄知事の許可を受けること。

17 地すべり防止区域に於て操業の際は地すべり防止法によつて所轄知事の許可を受けること。

18 その他

〈1〉 関係地元市町村と緊密な連絡をとり支障を来たさぬよう操業すること。

〈2〉 埋蔵文化財( )を含む地域において操業の際は予め県指定文化財( )所轄教育委員会に届け出ること。

別紙(二)〈省略〉

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